2009/05/03

改めて「世界金融危機」と「米国自動車産業」について 「疑問点と論点」の整理 <<サマリーで>>

「世界金融危機」を引き金にした、「世界同時不況」が嵐のように吹き荒れています。その嵐に立ち向かう上からも「目を放せない」、米国自動車産業(ビッグ3)の行方を処理する方法が見えてきました。

「サブプライムローンの破綻から、ビッグスリーの経営危機まで」ちょっとお復習いをしておきましょうか。
これまで、様々なブログやSNSへ記述した中から、関係性を比較的簡易に捉えられる記述をサマリーとして集約してみました。(少し長い掲載になり恐縮ですが)


2007/10/25. [SNS掲出分から]
先ず、「サブプライムローン」を支えた「金融型資本主義」のウソについて

サブプライム・ローンの焦げ付きというか破綻というか、それが現実に生じた事で、「米国」で発明される「金融商品」には笑ってすまされない仕掛けが隠されている事が明らかになりました。
不思議な感覚に支配されておりましたところ、某巨大商社で上級管理職に就く中国人の知人が、資本主義を一括りにしてはいけない。

資本主義には、「生産型資本主義」と「金融型資本主義」がある。
アジアにおける資本主義は前者で、米国における資本主義は後者である、と慧眼に値する解説を述べておりました。
漠然と、捉えていた姿が自分の中では徐々に姿を見せ始め明確な形になり始めたようにも思えます。(まだまだ、漠とした状態ですが)

改めて「国際金融」の始まりというか、原点といえる「貿易金融」について、古典的ともいえる書物を読み進めながら、「金融の証券化」について稚拙な頭を駆使しつつ考え捉え返そうと考える次第です。
「サブプライムローン」の仕掛けは「証券化」にあるワケですが、基本的には「貿易金融」が原点です。

「貿易金融」を支えた「証券化」を、全く「別物」として開発された「証券化金融」というか「金融の証券化」に歯止めをかけず、「市場」に委ねる原則を主張し放置してきたワケで。

「ベニスの商人」のシャイロックの気持ちが多少は理解できるようなできないような、「貿易と金融」について、奥の深さを改めて考えさせられる次第です。

いままで、様々な手練手管を駆使し、計画された事業を展開する事で付加価値を生み出し、アセット(資産)を拡大することに邁進していたワケですが、改めて、「貿易と金融」の観点から全体を見直してみる必要があると考えます。


2008/11/10
GMへの対処、米国政府はどう出るか?目を離せない!

ビッグ・スリーは、真剣に「経営構造を改善」する気もないのに、政府資金の垂れ流しを受け入れても根本的な「経営再建」はできない。

何よりもビッグ・スリーは、基本的にマーケティングができていない。
「顧客満足」という基本すら考えようとしていない。競争相手を罵倒し口汚く非難するだけでした。

GMの開発戦略の間違いとセンスの無さは、日産の間違いとセンスの無さ以上に救いようがないように見える。
例えば、どうして「ハマー」を自慢できますか。
多少なりとも、現代社会に対するマーケティング・センスを備えていれば、手がけても前面に押し立て自慢しないだろうと考えますが、どうなのでしょう。

日本でも世界でも「ハマー」はどうなのか、一目瞭然だと思いますが分からないのでしょうか。
GMもクライスラーも、世界市場で本当に競争しようという考え方は一欠片もないのでしょう。
だから世界市場で勝てないのではないか、どちらにしても経営の立て直しは難しい。潰した方が早い。間違いなく潰す方が早く効率的な再建ができるでしょう。

米国大統領候補(この時点でオバマは候補者だった)の一人は、
早速「日本人はまともなクルマを買っていない」なんて、的外れな発言を繰り拡げているらしい。
所詮は、中西部の自動車産業に関わる選挙民に担がれた「ベリー・スィータブル」候補だけに「票獲得へのリップサービス」を繰り出しているようです。
米国大統領候補(オバマ)は「世界の苦渋は『日本』のせいだ!」と、間もなく言い始めるのではないでしょうか。
米国大統領候補(オバマ)に期待する「日本のメディア」も、早晩、米国大統領候補(オバマ)周辺から幼稚でヒステリックな「ジャパン・バッシング」を受けるのではないでしょうか。
それを受け、日本のメディアは、自虐的に日本の政治叩きを始めるのですか。

余談はこの辺りに留め置くとして。
今週(2008/11の2週~3週)は、米国政府の対GM判断から目を離せない。

市場で失敗しても、その原因究明と反省のないトップや株主を抱えた会社を政治的に救済しても、必ず再建できるとは限らないと考える健全さが必要だ。
同時に、破綻させたときの産業全体とそれに伴う雇用全体への影響を判断する必要があるのは言うまでもない事だが。
まず、
①経営トップの俸給体系。生産技術や商品開発に投じるべき資金を、経営層の給与と株主配当で費消し尽くし、基礎的な経営体力を築く事ができない(しない)。
次に、
②将来の収入(得られるかも知れない)をアテにした、借金(クレジット・ローン)で消耗品の「クルマ」を売る。悪い事ではないが、消費市場と実体経済の乖離も進むし、何よりも消費者の品質に対する判断(要求)が甘くなる。
そして、
③米国市民の90%は裕福ではない。この事実を正確に理解する必要がある。さらに50%(下層部)は世界の中でカウント(比較)する最貧層(生活実態)と大きく変わらない事実を認めるべきだ。
まず、国内で金融力を保つ側による下層からの合法的(非倫理的)強奪を止める方法を併せて構築する必要がある。

米国市民は、生活の辛抱を自覚する方が幸福に近づけるのではないか。
多少なりとも「カネ」を貯える事も必要だと考えるが。

上記①と②と③に関わる極端なまでの不均衡が、米国経済や市場競争力を活性化させたように見えるが、基本的には産業を弱体化させている。
ここにメスを入れない限り、いかに公的資金(税金)を投入しても、投入資金の3分の2(66%)は、消費され消えてしまい無駄な事だ。これでは窮極のバラマキ政策にしかならない。

企業経営は、①「自己点検」②「自己採点」③「相互評価」を冷静に客観的にできるかどうかではないか。
経済の自由化、規制の撤廃を掲げ「国是」のように主張してきた米国政府は、GMにどう向かいどう対処するのだろうか。
米国大統領候補(オバマ)周辺は、公的資金(税金)を投入する方向を打ち出している。

偉大なる国家、超覇権国家、米国は1975年以降、自らの存立そのものについても無責任極まりない国に成り下がってしまっているのではないか。
米国が掲げ押し出す「商品やサービス」に隠されたウソを見破る必要がある。
ここはひとまず、ウソとペテンに満ち溢れた米国の政治・財(商品・サービス)を疑ってみよう。

引用開始→ GMの命運、「政治」が左右 クライスラーと合併協議中断 (日経NET 2008/11/09.
14:30)
【ニューヨーク=武類雅典】米ゼネラル・モーターズ(GM)とクライスラーの合併協議中断が決まった。
資金繰り確保を最優先したGMは7日、政府の支援などがなければ「延命できない」と表明。クライスラーは筆頭株主の投資ファンドが他社との提携を急ぐ方針を示した。フォード・モーターを含め、金融危機の余波で体力が急速に衰えるビッグスリー(米自動車大手3社)。「デトロイトの外」にいる政治やファンドの力学が各社の命運を握る。
「できることはどんなことでもやる」。7日昼の決算会見中、リチャード・ワゴナーGM会長の言葉の端々には「緊急事態モード」がにじんだ。販売不振の広がりで、追加リストラ策を実行しても、年内には運転資金がギリギリの水準に減る恐れが出てきたからだ。←引用終わり
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引用開始→ GM「09年前半にも資金不足」 米次期政権の支援促す(日経NET 2008/11/08 16:00)
【ニューヨーク=武類雅典】米ゼネラル・モーターズ(GM)と米クライスラーの合併協議が中断に追い込まれた。米金融危機が起きた9月以降、合併構想を起死回生策と位置付けてきたが、金融機関や特定企業への支援を嫌うブッシュ政権の支持を固めきれなかった。ただ、GMは来年前半にも「資金不足に陥る」恐れを表明するなど政府支援の必要性を強く訴えている。今後は14、15日に米ワシントンで開く緊急首脳会合(金融サミット)の行方やオバマ次期政権の動向が各社の生き残りのカギを握る。
米メディアによると、GMとクライスラー筆頭株主の米ファンド、サーベラス・キャピタル・マネジメントが合併協議に入ったのは今年9月。当初は米JPモルガン・チェースなど取引金融機関は計画を支持した。←引用終わりCopyright
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2008/11/29
GMや、クライスラー、フォードなんて潰れてしまえ!

米国の自動車産業経営者の特徴は、自らには優れた経営能力があると窮極の誤解をする点だろう。恐れ入ってしまいます。

クライスラーなんて、アイアコッカ氏が会長として経営に携わったとき、再建に取り組んではみたものの何らの再建もできなかった。
実際には、もうとっくの昔に破綻した自動車会社ではないか。

GMも、今回は潰れるためのカウントダウンが始まっている。(2008年の)クリスマスは越せそうだけど、(2009年の)イースターを越えるのは無理だろうって噂が、専ら全米を駆け巡っているとも聞く。

そのGMほどは酷くないけど、フォードも経営状態は悪化の一途で苦戦を強いられているらしい。
そこで、政府の財政出動(税金救済)に頼ろうという魂胆らしい。

「サブプライムローン」の破綻以降、とりわけ「リーマンブラザース」が破綻した9月15日以降、米国では次々に事業会社が潰れている。当然だが、それへの(税金)支援はないし行われていない。米国政府が、リーマンブラザーズを救済しなかった事もあり、金融危機は津波のように一気に世界各国を駆け抜け押しかけ、あらゆる財(架空の財)を崩壊させ、自らに関わる財を奪い返すあるいは他の財を奪い取ろうと猛烈な攻防戦を展開している。

この猛烈な危機の下で、米国の基幹産業(かつて?)である自動車産業(BIG3)が危機に立たされたので、「彼らを救済をすべきだ」。でないと、「米国経済も破綻する」との主張のようである。

米国の市民は、BIG3が潰れても余り不自由は感じないだろう。驚くべき事は、ワシントンの政治家が、BIG3の救済を迫っている事である。

どうせ、製品開発力もマーケティング力もないのだから、この際「世界金融危機」を理由に一度完全に倒産すればよいのではないか。
新たな会社を興して、まず「SMALL3」としてやればよいと考えるが。

世界の部品産業の多くが潰れるかも知れない。
日本の部品産業も多くがGM倒産で行き詰まるだろうと囁かれている。
でも、今のままのGMやクライスラーやフォードなら、やがて再び三度行き詰まると考えるのだが。GMの場合は、税金投入しても、長くても2年~3年も保つかどうかではないか。

そこで、フォードの経営陣だ!公的資金(税金)による救済は受けるが、米国政府が言うような「(経営役員の)報酬切り下げ」は「丁重にご遠慮申し上げたい」との事だから、全く噛み合いません。

この発言に、米国の経営者の真髄思考が現れているように思います。
自らの経営能力に対し無責任極まりないと考えますが。
一方じゃ、現場ワーカーを大量に切り捨て御免で解雇しているワケですから。
ご自身は責任もとらない。


引用開始→ フォード、CEOの報酬削減に抵抗 米紙報道(日経NET 2008/11/28.
12:01)
米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は27日、政府に資金支援を要請している米自動車大手フォード・モーターが、支援条件の一つであるムラーリー社長兼最高経営責任者(CEO)の報酬カットに抵抗していると報じた。12月2日までに提出する再建計画の内容次第では自動車大手の支援法案を巡る議会審議が難航する可能性もある。
同社の報酬委員会は今週の情報開示の中で、ムラーリー氏の報酬見直しに言及しなかった。フォードは2007年に27億2000万ドル(約2600億円)の損失を計上したが、ムラーリー氏は同年に2167万ドル(約20億7000万円)の報酬を受け取ったという。
ビッグスリー(米自動車大手3社)首脳を呼んだ先週の議会公聴会で議員に「報酬を年1ドルに減額する覚悟はあるか」と問われた際、「進んでそうする」と答えたクライスラーのナルデリ会長と対照的に、ムラーリー氏ははっきり応じなかった。(ニューヨーク=米州総局)←引用終わりCopyright
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2008/12/12
米国政府が、ビッグ3へ3500億円の救済支援を実行しても、3社の破綻は避けられない!

そもそも、ビッグ3と呼ばれる三社は、市場ニーズと懸け離れた製品開発と製品供給を繰り広げてきたから、今日があるのであって、現在の経営環境悪化は「金融危機が引き金(というより理由)」になっただけである。

恐竜が滅びたように、生存への変化を嫌った事が何よりの原因である。

かつて、チャールズ・ダーウィンは、
「最強の種が生き残るのではなく、知性の高い種が生き残るのでもない。最も変化に適応しつ続ける種が生き残るのである」と、「種の起源」いわゆる "進化論" で述べている。

20世紀に、これだけ科学を発展させた「米国」で、様々なビジネス先端理論を産みだした米国で、その "基幹産業" ともいえる「自動車産業」のリーダーを自負するビッグ3各社は、一体全体、なにをどうしてきたのだろうか。この一点に集約されている。

ビッグ3には、マーケティングがない
従って、いま直ちに、中小型車へ移行できない。その理由は簡単で、開発陣が部品を含めた開発をしてこなかったからである。
いま現在、米国の自動車市場は、ビッグ3に続く、ミドル3(トヨタ・ホンダ・ミツビシ)が続いているし、スモール3も形成されている。
従って、今回、恐竜のビッグ3が行き倒れたところで、米国の自動車産業そのものが破綻するワケではない。
適者生存に従い、主役が変わるだけである。
その際、日系の会社だとか、米国の会社だとかは、米国の消費者にとり何らの関係性も有しない。
全ての生産車は、「メイド・イン・USA」であり、「メイド・バイ・USレイバー(労働者)」「メイド・バイ・USハンズ(手)」である。

それらの車を構成する部品は世界各国から集められる。
世界各国の部品が、米国で生産される自動車を支えているのである。(この点で、いまビッグ3が突然倒れると日系部品会社も窮地に陥るのだが)

米国政府は、冷静に考えた方がよい。
虚飾で固めたウソが剥離し、オバマ次期大統領(この時点では選挙終了)が、シカゴの支持者を守りたい気持ちは分かるが、米国が大好きな言葉「国際市場での競争」を無視してみても、ビッグ3を取り巻く経済構造を変える事はできない。この点を、何よりも弁知すべきではないか。

米国の証券市場は、これらの点では意外に冷静なように見受ける。
米国の民主党は、都合よく「自由競争と保護主義」政策を交錯させるから、日本人と日本国政府には要注意政権である事を認識しておく必要がある。


引用開始→ NY株、196ドル安 ビッグ3救済への不安から売り優勢(産経MSN 2008.12.12
07:58)
11日のニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均は、ビッグスリー(自動車大手3社)救済法案の上院通過に懐疑的な見方から急反落し、前日比196・33ドル安の8565・09で取引を終えた。ほぼ全面安の展開で下げ幅は一時248ドルに達した。ハイテク株主体のナスダック総合指数は57・60ポイント安の1507・88。
救済法案は共和党の反発が強いため上院で可決に必要な賛成票が集まらない恐れがあり、自動車株が急落。ゼネラル・モーターズ(GM)とフォード・モーターはともに10%超も値下がりした。
米銀大手JPモルガン・チェースのダイモン最高経営責任者(CEO)が、10~12月期は「厳しくなる」と発言したと伝えられ、金融関連株も大きく下げた。市場では「ビッグスリー破綻への不安が広がった」との声が聞かれた。(共同)←引用終わりCopyright
2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital



追加掲出:2008/12/12. 21:45

引用開始→ 米上院決裂「ビッグ3救済」失敗…FRBが緊急融資も (夕刊フジ)

政府支援なければ破綻
経営危機に陥っている米ビッグスリー(3大自動車メーカー)に対し、最大140億ドル(約1兆3000億円)のつなぎ融資を実施する救済法案の審議は米時間11日夜、米上院での民主、共和両党の協議が決裂し、法案は廃案に追い込まれた。
この結果、ビッグスリーの救済に一気に不透明感が増し、破綻の瀬戸際に追い込まれている。12日の東京外国為替市場のドル円相場は一時、13年ぶりに1ドル=88円台に突入。日経平均株価は一時、前日終値比632円安まで急落した。
【「政府支援なければ破綻」】
11日の上院での協議では、共和党側は「下院通過の法案では抜本的なリストラを迫れない」と法案を批判。同党のコーカー議員は、労働者の賃金をトヨタ自動車など外国企業並みの水準に直ちに引き下げることや、債務の株式化を通じ債務総額を約7割削減すること、期限内に再建目標を達成できなかった場合は破綻申請を命じることなど、厳しい条件を付けた修正案を提出した。
協議に加わった全米自動車労働組合(UAW)は厳しい条件が付いた修正案に強く抵抗、立法化には至らなかった。
民主党のリード上院院内総務はこれまで、両党の修正案協議に進展があり、11日夜にも採決できる「可能性がある」としていたが、かなわなかった。
協議後に行われた手続き投票では、法案を提出した民主党は採決に進むために必要な60票を獲得できず、法案は廃案に追い込まれた。
協議決裂後、リード氏は上院の本会議場で演説し、政府が12日にも支援に踏み切るよう訴えた。ビッグスリー救済は今後、政府が7000億ドル(約63兆円)の金融安定化法の公的資金を使って支援するか、連邦準備制度理事会(FRB)が緊急融資に踏みきるかどうかに移る。
ロイター通信によると、ホワイトハウスのフラトー副報道官は「廃案は残念だ。われわれが持つ選択肢を検討する」と述べたが、具体的な内容には言及しなかった。
ゼネラル・モーターズ(GM)などは公的資金がなければ、年内の資金繰りに行き詰まると訴えている一方で、「破綻は実現可能な選択肢ではない」と強調。GMのワゴナー会長兼最高経営責任者(CEO)は、年内に40億ドル、年明け1月に40億ドルのつなぎ融資を必要としていると明かした。
クライスラーのナルデリ会長兼CEOは70億ドルのつなぎ融資が必要と訴え、政府から支援が得られなければ破綻する恐れがあると警告した。
しかし今回、ビッグスリー救済法案が廃案になったことで、GMやクライスラーにできることは連邦破産法11条に基づく会社更生手続きの適用申請以外にないとの見方が強まっている。←引用終わりZAKZAK
2008/12/12



2009/03/31
日産も、ゴーンに「ゴーン」と一発お見舞いしたら!

世界金融不況である。
自動車、家電を筆頭に、生産の合理性を追求し続ける事で、市場を創出し業績を急拡大させ、莫大な利益を上げ続けた業界は軒並み低迷中だ。
生産システムを合理化し過ぎ、その反動ともいえる。
ボタンを押せば「製品ができる」、これまでは、できた製品を引き取る市場は勢いがあり、出せば出すだけ、その場で売れた。

勝負は、
①機能性を含むデザインを軸にした性能全体の質であり、
②市場価格という名の体力勝負だった。

従って、市場での占有率を高めるには、品質を含む開発スピードと価格競争力がポイントだった。
だから、価格競争力を備える生産のシステム化(完全統合)が勝敗を分けた。
個別の部品の質を極限までたかめ価格を抑制する。
別には、部品供給と部品消費(組立使用)の同時化(ベンダー化)の推進、それを緻密に連携させる事で「在庫を持たない」システムを作り上げ、「在庫ロス」による損失を極力防止する。
様々な、生産活動を支える「仕組み」が考え出され、最終消費市場での勝負に賭けた。

でも、「世界同時金融不況」は、この極端なまでに相互の連鎖性で高い完成度を誇るシステムそのものを破壊してしまった。
どうしてか、市場が冷えてしまい、誰もが不急不要の商材を買わなくなったからだ。

夢から覚めた事で、「自動車、家電」に表徴される「奢侈品」という程でもないが耐久消費財への需要意識が急変し、流通消費へ世界同時に急ブレーキがかかり、世界の市場で売れなくなり「洋上在庫の山」へ化してしまった。

これまで築き上げた生産システムという「ジャスト・イン・タイム」の仕組みは、呆気なく崩壊の危機に瀕する事になった。仕方がないというか、残念無念というか。

それで、トヨタは今期末に渡辺捷昭社長が引責辞任する事を発表。
苦しくとも、「公的資金」に頼らず「自尊自立」は貫く事を表明している。

米国政府から、多額の資金注入を受けるGMも、米国政府の圧力に再三再四抵抗し続けたこの危機を招いた経営者もようやく辞任表明を行い、表面上の経営責任の面では一件落着へ向かっている。これを機に米国の世論は落ち着くのだろうか。

ところが日本で一社だけ、意味不明の発言を繰り広げるのが、フランス国営のルノー公団に経営統合された「日産自動車」である。
別に、「日産」が変な発言を繰り広げているワケではない。
実は、日産を支配するカルロス・ゴーン氏が、自らの「経営無策」を棚上げし、日本国政府へ資金支援を求める発言を繰り返しているのである。

かつて、日本のメディアは、ルノーから日産へ送り込まれたカルロス・ゴーン氏がCEO(最高経営責任者)として着任したとき、「大きな拍手と賞賛を贈った」事を忘れていませんか。
いわく、カルロス・ゴーン氏は、見事に日産を再建した。 (??)
という主張が巷に溢れていました。

その種の無責任な賞賛を与える日本のメディアを、筆者は痛罵し笑い飛ばしてきました。

なぜなら、ゴーン氏は、日産の再建で剛腕を振るったと言われていますが、日本国政府の後押し(政策支援=制度支援)を受け、従業員の大量解雇に踏み切る事や、村山工場に代表される「日産」の資産を通常では考えられない方法で売り切り、負の資産圧縮を図ったに過ぎません。

更に、日本国政府から間接的に多くの支援を受け、その結果、一時的に業績を回復させた(ように外目に見えただけです)。
方法としては簡単で、カネになりそうな優良資産を売り飛ばして不良資産を圧縮し、資金の回転を変えただけなのです。

この間、ゴーン氏が率いる「日産」は「技術開発」と「商品開発」を積極的に行いませんでした。
製品の改良も積極的ではなかったと漏れ聞こえています。
それが事実なら米国のビッグ・スリーと同じ構図だったともいえます。

多くの人は、「スカイラインGT」を「ニッサンGT」として復活させたとか、「フェアレディZ」を不朽の名車として高々と掲げたとか、「シーマ」の改良型か「プレジデント」の改良型か知りませんが「フーガ」を売り出したとか、様々な「バブル車両」の発表を引き合いに出し、ゴーン氏の成果を強調する声もあるにはあります。

でも、それらの車種で「日産」の業績は回復しましたか。
世界に冠たる「NISSAN」になりましたか。ならなかったじゃないですか。

それらの車種で、全「日産」が喰えるほど潤っていますか。
決算書などの財務諸表を分析すると潤っていないと考えます。

一番、稼がなければならない「中級車」市場、「大衆車」市場じゃ惨憺たる業績です。
これは全てゴーン氏の政策の結果に過ぎません。

最初の頃は、間接的ながら日本国政府の制度支援を受けた事もあり、業績が良いように見えただけで、つまり厚化粧だったのではありませんか。
卑近な言葉を用いると「ハリボテ」だったという事でしょうか、経営者として「無責任で無能」な顔を隠し続けられただけじゃないですか。

実際に、この間、ゴーン氏が率いる「日産」は、基礎技術開発などに取り組んだのでしょうか。
新しい「大衆車」のヒットはありましたか。ミドルが欲しがる「中級車」のヒットはありましたか。

この間、ゴーン氏の収入は確実に増えたと思います。ゴーン氏の収入はゴーンと増えたと考えます。
でも、その陰で「日産」の業績は下降へ向け着実に舵を切ったのではないですか。

そこへ、この「世界同時金融不況」が襲ってきたって事です。
同業他社は、必死で「自助努力」の途を模索し格闘しています。

ところがどうですか、ゴーン氏は、いち早く「日本国政府は、自動車業界を救済すべく、迅速に資金支援をせよ」と、業界全体が呆気にとられる発言を高飛車に繰り出しています。

つまり、国(政府)は「日産(=ゴーン氏個人の懐)」の苦境を助けるために「カネ」を出せって迫っているワケです。まずは、ご自身の収入を抑え返上し、次にご自身がこれまで散々巻き上げ喰い散らかされ蓄財された、ご自身の財産を注ぎ込むの事が先じゃないかと考えますが。

フランスが植民地にしたレバノン生まれの根っからの「植民地主義者(=腐りきったエリート)」は、ご自身を抑制する前に「日本の国からカネを巻き上げる」お考えのようです。
経営者としての「恥」という言葉のお持ち合わせがない見事な御仁のようです。

そこで、30日の「夕刊フジ」の記事から、ゴーン氏に関連する部分だけ引用紹介させて頂きます。
ゴーン氏は、ご自身の無能を悟り、これまでの搾取マガイのお楽しみ三昧を懺悔されたらいかがですか、その上で、これまで巻き上げられた資産を返却されたらどうですか、その上でなら、日本国政府による支援を受けられてもよろしいのじゃないですか。

その理由は、「日産」は日本国の自動車産業としては、まだ「宝」だと考えるからです。

決して、「フランス国営ルノー公団」のためにじゃぁないですから。
一日も早く、フランスへお帰りになる事をお勧め申し上げます。
日本の自動車業界と関連業界は、ゴーン氏の誤謬に満ちた傲慢な経営思考に目を覚ます、絶好の機会だと考えますが。

日産の従業員の皆さんも腰抜けでないのなら、ゴーン氏に、カルくロスせず確実にゴーンと一発見舞ってあげたらいかがですか。

引用開始→「赤字引責」続々のなか…日産“ゴーン”神話にも陰り
(夕刊フジ)

赤字転落で“退席”が大きな流れとなるなか、違う道を選ぶトップもいる。
日産自動車は今期、2650億円の最終赤字に転落する見通しで、1990年代後半の経営危機からV字回復させたカルロス・ゴーン社長(55)の神話にも陰りが見えてきた。
目標を達成できなければ責任を取るとしてきたゴーン氏だが、今年2月の決算説明会では「株主の判断を仰ぐことになるが、適切なタイミングがあるので、そのときに考えたい」と述べるにとどめた。←引用終わりZAKZAK
2009/03/30


2009/05/02.
「クライスラー」も潰れたし、あとは「GM」かな・・・

これを機に、米国は金融型資本主義から生産型資本主義へ立ち戻る事が大切でしょうね。
日本も、他山の石とせずに同じ事でが。「国を挙げて『金融・強奪』の資本主義」から「確かな『生産』を伴う資本主義」へ、この際、立ち返る事が必要だと思います。よい機会だと考えます。

「カネ」を貸しつけて、貸しつけた相手から「収奪」するだけでは、本来の「生産力」や「生産技術力」は高まりません。
また「カネ」が「カネ」を産むという、「カネ回転」による「消費市場」の創出は、悪くはないのですが、それだけに頼るのは、いわば「ネズミ講」に頼るみたいなモノですから、決して健全な思考とはいえません。
当たり前の事だけど、必ず、いつか「破綻」しますから。

「マーケティング」という思考方法を考え出した米国で、多くの製造業は、「市場・顧客」という「マーケティングの原点」を忘れ(省みず)、この20年ほど、その場で、その時「利益を最大化できる」事のみに神経を集中させてきました。
地道に開発すべき事(資金・開発技術・人材)を捨て去り、その殆どを「消費」してしまい、その結果、大変な競争力欠如へ陥っていると考えます。

残されたモノ、それは「市場のニーズ」とは懸け離れ、適正な「市場競争力」を欠く「ポジションも顧客支持も得られない財の山」を築き上げてしまいました。

例えば、自動車でも「日本車」は敵ではありません。
現実に「米国市場で支持される」商品構成を形成したから、「日本車」は米国の消費者に支持されているだけの話です。

それを横目に「旧弊な思考と、その場凌ぎの『カネ儲け』を優先し続けた」のです。結果は、新車の開発能力も技術力もどこかへ消えてしまったに過ぎません。

デトロイトの「カネと未来」は「ウォール街の金融マフィアに吸い取られた」とも言い換える事もできます。

ホントに「テキトォ~な『モノ』を製造して、それを圧倒的にカネのない側へ『ローン』で買わせ、その『上前(=高額利息)』を強奪する」方法は高度な金融サービスに見えて、実に酷い話です。
しかしながら、この構造は一方ではブラックユーモアでもあるのです。時、処と条件を入れ替えれば、「収奪されてる側も、収奪する側でになります。また、その逆にもなる」のです。

"米国経済は「カネ貸し」による「カネ貸し」の「カネ貸し」のための仕組み" から脱皮しなきゃぁ、「米国の製造業は堪らない」と見ているのですが。

できますかね、オバマ大統領。おそらく、できないでしょうね。

いまや、米国に巣喰う金融資本家「カネ貸し達」の口と手で、「世界は破綻」の危機に追いやられるワケです。

いま、米国は「例え、明日、地球が滅びようとも、キミはリンゴの樹を植える」って心境でしょうか。

それなら、まだ多少は救われるのですが。

そんな中、米国のバブルに酔い続けた、わがニッポンのトヨタですが、思いのほか苦戦を強いられています。次に向けて「苦戦して下さい!」。

儲かりゃぁ何しても良いという思考を少しばかり「反省」して下さい。

引用開始→ 4月の米新車販売、34%減 トヨタはフォード下回る (日経NET 2009/05/02.
06:32)
【ニューヨーク=米州総局】米調査会社オートデータが1日発表した4月の米新車販売によると、販売台数は81万9540台と前年同月比34.4%減となり、18カ月連続の前年割れとなった。トヨタ自動車が同41.9%減の12万6540台となり、31.3%減で12万9476台だったフォード・モーターを1年2カ月ぶりに下回った。ゼネラル・モーターズ(GM)は33.1%減。4月30日に米連邦破産法を申請したクライスラーは48.1%減と大きく落ち込んでいる。←引用終わりCopyright
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クライスラーが、市場競争力を持つ「新車」を短期間に開発できるとは到底考えられない。
開発しても、これまで散々な目に合わされてきた「米国の消費者」が、支持を与えるとも思えない。
クライスラーの再建は多難だろう、GMは更に困難を伴うと考える。


引用開始→ 米クライスラー、早期再建に高い壁 長期化なら消費者不信も(日経NET 2009/05/02. 07:00)
【デトロイト=小高航】米自動車3位のクライスラーが4月30日、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請した。
これまで「大きすぎてつぶせない」とされてきたビッグスリー(米自動車大手3社)だが、「変化」を求めるオバマ大統領が「スピード再建」を求めて法的整理に踏み込んだ格好だ。
同社は伊フィアットと提携、米政府の全面支援で出直すが、消費者のつなぎとめや部品メーカーの経営維持など課題はなお山積している。
クライスラーは今回、優良資産の受け皿会社を設立。不良資産や債務を切り離し30―60日の短期で破産法手続きの完了を目指す。
頻繁に破産法を活用してきた航空業界などと異なり、自動車会社は高額商品を供給するメーカーだ。破産手続きが長引けば、イメージや信頼性が悪化し消費者離れが避けられない。←引用終わりCopyright
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米国もカナダも、政府として、放置するワケにはいかないようです。
さぞかし苦しい事でしょう。それでも100億ドル(約1兆円)では、どうでしょうか。
投じる資金をドブへ捨てる事になりませんか。

引用開始→ クライスラー、米加政府が1兆円支援 早期再建へ受け皿会社(日経NET 2009/05/01. 12:06)
【デトロイト=小高航、フランクフルト=下田英一郎】米クライスラーは30日、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請したと発表した。米国、カナダ両政府が計105億ドル(約1兆円)を拠出、再建を全面的に支援する。クライスラーはイタリアのフィアットとの資本・業務提携でも同日、最終合意、当初2割の出資を受け入れる。破産法の手続きに沿い資産を新会社に移管、経営陣も刷新し早期の再建を目指す。
同日、米ニューヨーク市の破産裁判所に破産法適用を申請した。資産規模は約500億ドル(約4兆9000億円)で、米製造業の破産法申請では過去最大規模。負債総額は昨年12月末時点で552億3300万ドル(約5兆4000億円)。
米メディアによると1日にも審理に入り、30―60日の短期間で破産法手続きの完了を目指す。4日から破産法手続き完了までの間、北米の大半の工場を休止する。←引用終わりCopyright
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クライスラーを支援する側の企業が、イタリアの「フィアット」のようですから。
「フィアット」は、まず、自社の処理を綺麗にされてからだと思い致しますが。
「フィアット」のどこに、一体全体そんな「カネと技術」が残されているのでしょうか。

引用開始→ 米クライスラー、破産法申請を発表 フィアットと提携合意(日経NET 2009/05/01. 03:59)
【ニューヨーク=米州総局】米自動車大手のクライスラーは30日、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を、ニューヨーク市の破産裁判所に申請したと発表した。破産法手続きは30―60日での短期決着を目指す。同時に、イタリア自動車大手のフィアットと提携することで合意したことも明らかにした。米政府は追加融資などでクライスラーを全面支援する方針を表明している。←引用終わりCopyright
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2009/04/05

ロンドンで開催した「金融G20サミット」は、何かを残すか、何かを残せるか?

G20(グループ20)という、奇妙な呼称の国際社会というか隣近所の町内会を構成する、図体と態度と言動(口先)が、大きい20ヵ国がロンドンへ馳せ参じ、「世界金融不況」からの脱出についてその方法をエイプリルフールの翌日に議論した。

議論されたというその中身は、実にお寒い限りのように見受ける・・・・・

各国の首脳がワザワザ、出向き議論するほどの中身はなかったのではないか。

結論は、昨年11月にワシントンへ集まった際のテーマや議論と変わらない。

①自由貿易を堅持する
②総額5兆ドル(500兆円)の経済政策を実施する
③ファンドの中身を透明にする
④租税回避地の解消を検討する
⑤格付け機関の管理を強化する

*IMFは、世界経済が08年は1・5%程度マイナス成長で、09年も2%程度のマイナス成長を予測している。
それに基づき世界経済をプラス成長へ戻すには、各国の大胆な景気刺激策(財政出動)が求められる。
各国が世界で同時に政策実行をしなければ達成できない。この点を確認したワケだ。

これらの政策をG8各国がその他の12ヵ国へ伝えらというのが、今回の中身でメインディッシュのようである。

国際社会というか、各国が力を合わせて展開する政策投入する予算額は5兆ドル(500兆円)で、ほぼ日本のGDP相当額になる。
「各国は、これまで貯め込んだカネを、一斉に消費なり投資なりしろ!」って、いわゆる談合を交わし合ったのだ。

しかし、よくよく冷静に考えて貰いたい。日・米・欧・中が、世界の市場を分け合っているのが現実だ。

現在の金融に端を発した危機の本質的な構造というか基本構造は、米国が真っ当な「生産財」に取り組まず、ひたすら「消費」に周り、その「消費財」の大半を日・中が供給し多額の外貨(米ドル)収入を得るという構造が原因ではないか。
しかも、日・中に共通しているのは、対米貿易で獲得した「外貨(米ドル)」の大半を、「米国・国債」を始めとする「米国内の債権」へ向けられ、実際には持ち帰れない「塩漬け(資金)」になっている事実だろう。
これではやっていけないので、日・中ともに、米国市場一辺倒ではなく、塩漬けにされない欧州市場でも稼ぎ出しているのだ。

米国は、いつまでも基本的な「生産財」に取り組むことをせず、「消費財」で楽しむため、「資本財」を創出し、その「アガリ」を掠める事に無茶苦茶な努力をしたのだが、その「資本財」創出の虚偽が露呈させたのが、今回の「世界金融不況」の最大原因だろう。

いまなお、「世界の資本市場を創出」している、と声高に「米国」は主張し続けている。
(米国の金融世界での構図を利用し、北朝鮮は「スーパーK」という、偽米ドルを刷り続けているらしいから、これも中々だが)

その米国は、オバマが「グリーン・ニュー・ディール」で雇用を大量創出する政策を掲げているだけだが、具体的な雇用創出政策を掲げない日本よりは救われるかも知れない。

個別に具体的な政策もなく、国際社会で一定の影響力を保持する20ヵ国の首脳が一堂に会し、議論した(できた)中身がこの程度ではお寒い限りという他ない。

基本的には、オバマの国際社会デビューの場をイギリスが設けてやったということか。
しかし、そのオバマは、「米国」が、今回の経済危機を引き起こした原因である事について、新しく政権を引き受けた者として、「米国が引き起こした政策の失敗について」触れるわけでもなく「謝罪」もしなかった。
何よりも「G20首脳が一堂に会したことにより、危機は解消される」と幼稚で楽観的な見通しを述べたに過ぎない。

英国のブラウン首相は、世界の金融ルールが「米国」による支配から脱した、と述べ長年の憤懣を公式な場で述べ立てたが、それで溜飲を下げたに過ぎないのだ。
①~⑤までを、主要各国の首脳が通過儀礼として相互に了解承認しただけである。
まぁ、それぞれの国のボスが集まって対応を協議し、互いに約束したのだから、「まぁ、これらの約束は守り合おう」という程度の事に過ぎない。

各国は自国の財政事情による制約を受けるのだから、必ずしも、約束どおり政策を執行できるとは限らない。

日本も、もう一度「補正予算」を組むのだろうか?
それなら、昨年末~昨年度末にかけて「経済政策を見通し編成した『2009年度予算』の精度」はどうなのか?
いやはや「2009年度予算を既に補正するという『2009年度第一次補正予算』の精度」はどうなのか、余りにも見通しが甘く適当すぎるのではないか。

これで景気を回復させられると本気で考えているのだろうか?「米国」では株価が上昇へ転じ、例えば
「円/ドル」レートも、一転「円安」へ触れている。日本の証券市場も、それを好感したのか「東証の平均株価」は上昇傾向を見せている。

結局、米国は「G20」を英国に集めさせ、「米国が市場経済のドン」である事を認めさせ、それを維持するから、そのためには各国は努力しろ、「米国は安楽安逸な生活を続ける」から各国は奉仕せよ、と述べ、厳しい努力義務を強制したに過ぎない。

これで世界の景気が本格的に成長軌道に戻るなら誰も苦労はしないだろう。

それなら、エイプリルフールの1日にG20を開催しておけば、ブラック・ユーモアでよかったのにねぇ。

2009/03/15

「メルパルク」の営業権譲渡を追究する声が出るのは「よい事」だ!

日本郵政に懸かる疑惑の追究では、世間の多くが「かんぽの宿」にまつわる疑惑に集中し、それでも土俵際で「売買契約中止」へ追い込んだのは、「勝手なことはさせない」という意識が遺されていた事がみえたわけで、まだ失望せずに暮らしていけそうに思える。

その時、どうして「メルパルク」の営業権譲渡についての疑惑が議論の俎上にならないのか、実は強い疑問を抱えたままムシャクシャしていた。

ようやく、この件の「からくり」を疑問に思った議員が現れたようで、また少し失望の度合いを打ち消す方向がみえてきたように思う。

日刊ゲンダイが報じる疑問は、そのまま多くの市民が抱く疑問であり疑惑であると言える。

「郵政がらみ」の事案では、「グリーンピア」の開発から、想定以上の大赤字を出し、それを理由に叩き売り。かなりの疑問がある。「グリーンピア南紀」は、いま世間の耳目を集める二階衆議院議員が仲介したとも噂される「香港の業者」へ、ただ同然で叩き売られ売却条件も守られないまま未だ放置されていると報じられてから久しい。ひたすら、世間の耳目を集めない状況が来るのを待つばかりとしか思えない事案もある。

そのうち五反田の「ゆうぽーと」も叩き売り同様の安値払い下げになるのではないか?

「メルパルク」の営業権譲渡は、「かんぽの宿」同様に大きな問題を抱えているように観ているのだが、なぜなら「ワタベウェディング」は、世間の耳目が忘れるまでの間を稼ぐ「当て馬」だろうと考える方が自然にみえるからである。

賢明な方なら、よくよく事情を読み、背景をお考えになれば自然に理解できる事ばかりなものですから。オカシナ話ばかりです。

引用開始→ 日本郵政に浮上した「第2のかんぽの宿」疑惑
(2009年3月15日(日)10時0分配信 日刊ゲンダイ)

●怪しい契約に、またオリックスとの“接点”

日本郵政に「第2のかんぽの宿」疑惑が持ち上がった。11日の参院予算委員会で新たに問題になったのは、日本郵政が全国に所有する婚礼・宿泊施設「メルパルク」(旧郵便貯金会館)。08年6月に、総合ブライダル大手「ワタベウェディング」(本社・京都)が11施設の一括賃貸借契約を結び、その子会社が運営権や商標権を「0円」で取得している。この契約を巡り、またもや怪しい話がゾロゾロ出てきたのだ。

民主党の尾立源幸議員の質問で明らかになったのは、まず、その不可解な契約の経緯だ。日本郵政の西川善文社長によると「最初に26社に絞り込み、11社、5社と選定し、最終的にワタベとの契約に至った」という。しかし、ワタベが提示した賃貸料30億円(初年度)と同額を出した企業が他にもあり、最初の26社をどう選定したのかも不明。「デキレース」と取られても仕方がない。

また、東京と京都を除く9施設の賃貸借契約は2015年までの7年間だが、「メルパルクはそもそも12年9月までに譲渡、または廃止が決まっている。どこかの企業が買うにしても、ワタベが借り主のままでは、投資目的でしか施設を買わない可能性があり、不動産価値も下がってしまう」(尾立議員)という。結局、最初からワタベに売るための“随意契約”ではないか、と関係者はみているのだ。

おまけに、かんぽの宿と同様、この契約にもオリックスとの接点が見つかった。ワタベの大株主である「日本トラスティ・サービス信託銀行」は、ゆうちょ銀行の債権管理業務を委託している企業で、オリックスの大株主でもある。「また仲間うちでよろしくやっているのか」と、怪しいにおいがプンプンだ。

「メルパルクは全施設が黒字を出していた優良資産です。公社時代の2億6000万円の債務超過があるため、運営権と相殺する形で0円譲渡したようですが、メルパルクは民営化後の企業努力により、07年度、日本郵政に23億円の納付金を支払っても、なお13億円の利益があった。つまり36億円の収益を上げていたわけ。ワタベからの賃貸料30億円強では少なすぎる計算です」(尾立事務所)

西川社長は何を聞かれても「職員の雇用確保を第一に考えた」と繰り返したが、一体、どれだけ国民の財産を切り売りすれば気が済むのか。←引用終わり
(日刊ゲンダイ2009年3月12日掲載)

2009/03/07

日本は「自律」した国だろうか?

世間は、騒がしくなってきました。ここ数日、一層その度合いを強めています。東京地検は、別に「国策捜査」をしているワケでもなく、単純な「政治資金規正法違反」という形式犯の案件ですが、見逃せない「西松建設」の不法行為があるとの確証があるためだろうと考えます。自民党内への飛び火も避けられないものと考えます。

自民党は、保守基盤を軸にした「幅広い国民政党」ですから、一般的な日本人が固有に抱える「体質」を反映した政党だともいえますので、簡単に理論的な方法のみで「体質転換」できるとは思いませんが、民主党の半分も同様の「体質」を抱えていますので、どのような展開になるか、もう少し見守る必要があるように考えます。

「政治改革」「外交戦略」など国会議員として当然考えなければならない事案についてアタマで理解できても、選挙区で勝ち抜かなければならない事情をそれぞれの議員は宿命的に背負わされていますから、大都市域の議員でも、強固な支持層を確立しなければ選挙は戦えないという独特の問題も抱えますから、実にアタマの痛いところなのでしょう。

風に頼る「選挙戦」は、直ちに破綻しますので基本的に有効とは考えられません。全国300選挙区+アルファで、知名度と有能な政策立案能力を持つ議員候補者がいるわけでもありません。この点は、自民党も民主党も基本的には同じ構造・事情を抱えていると考えます。

基本的には、日本は「立憲民主制」の「共和制」ですが、共和制を効果的に維持するには、「一人ひとりの市民が自律」できる必要があります。大都市域においても地方域においても、本当に「どれだけの市民が自律」できているか大いに疑問があります。それでも、「選挙」を推し進める事ができるのは、米国のような運動方法でしょうが、一種の「ヒーロー・パニック」に過ぎないと考えています。日本では馴染まないと考えます。

多くの日本人は、マスコミが繰り出す「得体不明な人物」を支持しがちに見えますが、その不明朗な「空気」を支持した結果、生み出され巻き込まれた事への反省も、上位に位置する人達の間では強い反省や懸念があるように存じます。

ロボット(操作する側がある)にも似た「代議制民主主義」は大きく綻びようとしていますが、決定的に綻びるでしょうか?

日本は決定的な綻びと直面しなければ、目覚めないのじゃないかと密かに思い致す事があります。
急激な変革のできない「日本」を、急激な変革を断行した「海外の某国」から、眺めた時に一番感じた事です。
現在の日本の政治は、1964年の「南ベトナム(当時)」の政治と殆ど同じ構図です。全てイコールと考えてもよいと思います。日本人は、決定的に、「国が崩壊する危機」に立ち会う事の経験がないからだろうと思います。「南ベトナム(当時)」はそれから10年後に、確実に「国家崩壊」しました。その経験を「日本人」は冷静に考えるべきですが。それは、多くの場合「拒否」されます。この点も当時の「南ベトナム(当時)」と殆ど同じです。

新しい議員連盟が形成されると報じられてもいます。自民党や民主党を越えた受け皿を形成できるのではないかと、少し期待しながらです。それらが「軸」になり、「次の『自民党』みたいな『民主党』みたいな政党」が構築されるのじゃないでしょうか。
いまは自民党の議員であったり、民主党の議員になっている旧知のメンバーも基本的には同様の見解に収斂できます。小澤も、麻生も、鳩山(兄・弟)も、石原(都知事)も、もちろん森も、小泉も、旧弊な思考体系の「実力者」を一掃しないと「日本」の再生は無理ではないかとの認識を共有した事があります。
まぁ、もう少し見守るとしますか?!

2009/02/08

ヒラリー・クリントン国務長官は、初外交訪問に「日本」だけを選んだワケじゃない!

日本は、米国がなければやっていけない?

本当だろうか、おそらく60%程度(感情というか勘であり、データに基づくワケではない)は、間違っていないのだろうが、頼りとする米国経済が悪化すると直撃を受け、手も足も出ないのでは従属していると揶揄されても言い返せない。

日本の政治家も、日本の報道陣も「米国が好き」なようだ。

巷間に飛び交う日米間の重要事項は「日米同盟」の堅持であり、それを「米国」の新大統領オバマがどう表明するかに関心があった。まぁ、そりゃぁそうだろう。

そこで、焦眉の課題は、新国務長官に就いたヒラリー・クリントンが「対日政策に懸かる認識をどのように示すか」である。
そこで、ヒラリー・クリントン国務長官が初訪問する国はどこか?
このテーマが、日本の一大事のように語られ暫くの間は喧しかった。

まず、オバマ大統領は、慣例に倣い隣国「カナダ」を訪問。
それでは、国務長官は? というワケである。

そして、16~18日の間に「訪日」するとの情報が「米国」から伝えられ、オバマ大統領は、ヒラリー・クリントン国務長官の初めての外交デビュー先に日本を選んだ。
だから、オバマ大統領は日本を重視している。ヒラリー・クリントン国務長官も日本を重視していると、手放しの喜びようで、その言論を耳にする都度、その稚拙な思考論理に背筋が寒くなる思いである。

ヒラリー・クリントン国務長官は、何も「日本だけを訪問するのではない」。
手放しで喜ぶ前に、この事実を、もっと正確に押さえなければならない。
訪問先は、日本を含む三カ国で、①日本(前座)、②韓国(中入)、③中国(真打)である。
モノは考えようだが、東海岸から西海岸を経由し太平洋を一跨ぎするには、最初に前座として「日本」へ立ち寄る方が「日本」の政治感情を(悪い方へ)刺激しないで済むから、そうするだけの話である。

従って、「対日重視」の顕れだと手放しで喜々としたコメントを流す「外務省」というのは、オカシナ役所である。
それをまた、喧伝して廻る国会議員も論理的思考能力ゼロと考えてよいのではないか。

新しく就任した国務長官が、米国の国債を買い支えるアジアの国へ、12,000キロを越えた外交の旅(飛行航続距離を考え)をするのである。
日本だけ選ぶわけにもいかず、さりとて中国だけへ足を運ぶ事はできない。
(本当の気持ちは分からない)

だから、まぁ、ここは「日米同盟」重視の姿勢を見せる事もできるから、一番最初の訪問先は、少し遠いけれど米国の対岸に位置する「日本」に過ぎないのである。
いま、米国国債の保有量(金額)で圧倒する中国を抜きにすると、米国は手も足も出ない、もちろん口も出せないのである。
ご機嫌伺いの相手先(真打)は、中国であり「胡錦涛」と「温家宝」のコンビでなければ、米国の政治は収まりがつかないのである。
「日本」(前座であるにも関わらず)の外務省が垂れ流す「希望的情報」を真に受け、それを拡散する事に忙しい政治家とマスコミが、冷静な情報分析を零してしまうのである。

ここは、もっと冷静に「北朝鮮は『テポドン2号』の発射準備に入る姿勢(ポーズ)を見せ、国際社会を恫喝している」事や、「北朝鮮の核廃棄に向けた『米国』の裏切りを追究」する姿勢が必要だ。
更に、「米国」が「日本」を恫喝している「グァムへの移転(最前線後退)に伴う度過ぎた資金提供の減額」が議論されなければならない。
ましてや、米国が以降に吹っ掛けてくるであろう「アフガニスタン復興(寝言・戯言)への協力要請」を拒否する姿勢が求められる。
ワケも分からず「米国」が求めるままに同じ途を歩む事はしない姿勢を示しておく必要がある。

何よりも、米国議会が提議している「保護貿易主義(バイ・アメリカン)」を徹底批判する姿勢が重要である。
その上で、「構造改革すべきは『米国』である事実を助言」してやるくらいの、外交ヘゲモニーを見せなければ、オバマとヒラリーのコンビは「対日政策」で何を始めるか分かったものじゃない。

日本の外交は、余りにも幼く稚拙である。それは「国際的な諜報能力」を基本的に欠いているからに過ぎないからである。

2009/02/03

YTV 「たかじんのそこまで言って委員会」での三宅久之の連続暴言を糾す!

仰天、驚愕、よみうりテレビ(関西地域 10Ch) !

以前から、取り上げるテーマとその稚拙さにおいて、疑念を持っていたため視聴する事はあまりなかった、同局製作の「たかじんの そこまで言って委員会」だが、何気なく2月1日(日)の新聞ラテ欄を眺めて、気を引く番組案内記載があったので、見てしまったのが運の尽きだった。

1日のゲストは、映画監督の若松孝二氏がゲストであり、重信房子の娘の重信メイの名前が連ねられていたために、つい引き込まれたというのが事情だ。
二人を結ぶ線は「日本赤軍」であり「パレスチナ」である。また、重信房子は拘置中に癌が見つかり拘置治療中の身である。
1日の放映では、天木直人(元レバノン大使)も引っ張り出されていた。

低劣なコメントがウリの、この番組を仕切り引っ張るコメンテーターは、讀賣グループを代表する、あぁ勘違いと無茶苦茶論理の三宅久之(元は毎日新聞社)であり、子飼い同然の勝谷であり、舌足らずの宮崎に加えて、論理的思考能力ほぼゼロの桂ざこばであり、昨年いまごろの大阪府知事選に出るまでの橋下であった。
対抗させられるのは、珍奇動物のチャンピオンと言って過言でない田嶋陽子という構図だ。

その昔、テレビ朝日が「朝まで生テレビ」で繰り広げた「バカ討論(感情剥き出し言いっぱなし)」を大阪版に焼き直したに過ぎない、いわば日曜日昼間へパクっただけの番組だ。
何せ、自信過剰がウリの際物歌い手兼お笑い芸人の出来損ないのヤシキタカジンがリーダーだからお寒い限りだ。その時の感情を爆発させるだけで、世論を操作できる、していると、大きな勘違いをしたアホ~番組である。(タケシと大竹が仕切る同種の番組に迫ったと考えているのか、それもサイテーの番組だ!)

ライトウィングというほどにも徹しきれないで藻掻いている。
理論右翼・一水会の鈴木氏が、「皆さんスゴイですね!?」と呆れた事にも代表される、感情爆発垂れ流しを繰り広げているだけの番組だ。

テーマ設定は、「連合赤軍・浅間山荘事件」を監督として映画化した若松孝二を軸に、1970年をピークとした日本の学生運動、とりわけ過激な革命行動に出た赤軍派、当時それよりは日和見だった中核派、その元兄弟分の革マル派、その昔は盟友でもあった社青同解放派から進化した革労協、現在まで受け継がれた過激三派(内ゲバ三派ともいう)と批評しながら、日本で「革命」は起きるか?という寝ぼけた言い合いだった。
若松孝二監督自身が、「日本で暴力革命なんて起きるワケがない」と主張し「もし、体制変革させたいなら、デモをしてもよい、怒りを示せばよいけれど、日本では革命は起きない。体制を変えたければ、選挙で政権を変えるしかない」と言ってのけた。
この発言に、三宅久之は「我が意を得たり」とシタリ顔だった。

まぁ、こんな事はどうでもよい前座の遊びだったワケで、鼻白けるだけの事だ。

次に、司会が「パレスチナとイスラエル」にテーマを振ったあと、重信メイと天木直人が、パレスチナとイスラエルの違いと同じ点を、求めに応じ、説明しかけたら、三宅久之は「2000年前だとか3000年前だとかの話を持ち出されても分かるわけがない。話が長いだけだ」と一喝し一刀両断に出たのだ。
三宅久之の偏狭な自説を押し通そうとするだけで、一定の目的を持ち招いた側の発言を十分に聞かず感情にまかせてブッタ切るのは、少なくとも公共の電波を使ってやる事じゃないね。

三宅久之の稚拙で事実に基づかない、中東論なんていまさら聞く必要はない。
「テメーこそ黙ってろ!」。
反論する、天木直人に向かって、「オマエさんみたいなのが、大使やってるから、日本の外交はダメなんだ!オマエさん、選挙に出て落っこちたよなぁ!」と続けた。
いきなり、天木直人を「三宅のお白砂」へ引っ張り出して断罪しようとしたワケだ。
天木直人は、三宅の試みには乗らない。
相手にされなかった三宅は、いよいよ感情を爆発させていた。
哀れな自称政治評論家の老人が醜態を演じさせられていた。

テーマの本論とは、何の関係もなく恥も外聞もなく言い切れる三宅久之は、日本の言論界を代表し政治を動かしているとでも言いたげな言いがかりだった。
田原といい三宅といい、日本の政治ネタで生きる蛭みたいな高慢ちきな自称政治評論家は消えて貰いたいねぇ。
リセットボタンが必要だ。

最後の方で、三宅久之は、重信メイに向かって、母である重信房子が主導した「日本赤軍」のハイジャック(ダッカ事件)やら、オランダ・ハーグ事件、テルアビブ空港襲撃事件について、どう思うか?
と聞いた。「どう思うか?どう思っているか?」と聞いたのである。

それにメイが、ヨーロッパの同種の例を挙げ、現在、どのように処されているか、あるいは、国際世論はどのように捉えているか、国際政治の環境や均衡論を踏まえて説明し始めたところ。
三宅久之は、一刀両断に、「そんな事は聞いていないんだよ!言い訳は必要ないんだよ!日本国の国法を犯したんだから『謝罪』するのが当然だろう!」と、恥知らずにも言い放ったのである。

何と、視聴者参加番組(スタジオ内へ見学参加者を入れている)の進行途上で、いきなり「重信メイへの糾弾場」と化したのである。
形を変えた「人民裁判」の場へ転換させたのである。よみうりテレビは反省が必要だ。
ナマじゃないから編集できるにも関わらず、放映した事は意図と悪意(立場によれば)が窺えるから基本的に間違っている。

例え親娘であったとしても、親と娘は別の人格だろうが。
その別の人格の人物を公開のテレビ放送の場へ引き出し、親の行った行為を娘に「謝罪」せよと迫るのは、人権侵害じゃないのか?三宅久之は何の権限があっての事か。
よみうりテレビは、何をしているのだ。

どこぞの世界に、親の罪を子が償うなんて事があるのか?あるいは、子の罪を親が償うなんて事があるのか?罪刑法定主義の原則からして間違っているじゃないか?
所詮、舞い上がった自称政治評論家の成れの果てに過ぎないのだから、まともに相手にする必要はないのだが、白昼堂々と、できそこないのヒステリックな感情を公共の電波で垂れ流されちゃぁオシマイだと考える。身も蓋もないですね。
三宅久之は、他人の発言をたしなめるときに「あなたの考えや意見は善いが、発言の仕方が『下品』なんだよ」と、よく口にするらしいが、「下品」な言辞とは何か?と、三宅久之に聞かれた時は、そっくりそのまま三宅久之に返すに最も適した言葉だろう。

日本は、ここまでアホ~なテレビ番組を見続けていると、故・大宅壮一ではないけれど「一億総白痴化する」(一応適切さを欠くと理解していますが:大宅壮一氏の言ですからママ表現しておきます)という他ないだろう。
リセットが必要だ。本当に冷静にリセットする思考力が求められている。
政治評論家なら、もう少し、知性を見せて貰いたい、知性を伴う発言やコメントをされたらどうか。

2009/02/01

大学院での研究計画と修士論文の関係性について

昨日(1/31)は、2008年度修了予定者(2009年3月修了者)の「修士論文」提出締め切り日でした。

普段は滅多に姿を見せない院生が、大学の情報処理室に籠もり、PC相手に格闘している姿は微笑ましくもありますが、2年前に入学した時点で、この日が「修士論文」の締め切り日である事は、当然のことながら事前了解事項であり、それに向けて取り組んだハズですが、締め切り時間の午後5時を前に格闘するのを目にすると、「(スケジュール管理ができない点で)悲しいような、(その精神性において)寂しいような、(形だけ追う点で)馬鹿らしいような」不思議な光景を見た思いでした。

我が方を取り巻く留学生(ほとんどが中国と台湾/民族は多様です)も、8名が最期の仕上げに余念なく取り組んでいました。
中国の留学生(全体で9人ですが)も様々で、格好と要領を重視する1人は、実に要領よく締め切り一日前の30日に涼しい顔で提出を終えていました。
(いま現在では中身と仕上がりは窺い知る事はできませんが、充実した研究論文である事を願っています・・・・・???)

残りの8人は、全員が時間差を保ちつつ顔を出し仕上げに取り組んだワケです。
そのうちの4人は、既に完成させているのですが、日本語表記や助詞の使い方について、読み返しながら可能な範囲で修正を加えていました。
1人は、大変優秀な人材で将来を嘱望しています。この後、北京大学の大学院で博士後期課程を目指すようです。
後の3人は、日本で日本の会社へ就職し、日中間、日台間のビジネスの場で活躍が期待される人材です。名残惜しそうに提出を終えました。優良人材の提出完了では一安心しました。

後の4人のうち3人は、モタモタ組でその他大勢に一括りされかねない要素を抱えています。
当初の「研究計画書」に記述した事と、研究対象が変わったといえば聞こえよいですが、コロコロ変わっただけと言い切ってもよいかも知れません。
まず、一定の評価を受けるために「大学院・修士課程」へ入る事に最大の目的があり、よく言えば「入学した時点で燃え尽きてしまった」のかも知れません。
ですから、「修士論文」に取り組むテーマを絞りきれず、M2の前期にも思考回路が彷徨したままだった人もいます。
どうするのだろうと、心配しながら見守ってきたましたが、中身と仕上げは別にして、一応のまとめを終えたようです。
ハラハラどきどきの連続です。
ゴタゴタヨタヨタ組のもう1人は、既に業務に就いている現在の業務経験を、国際ビジネスの場に置き換えた研究計画を作成し取り組んでいました。
提出時に要求された文書を欠落させていたため受領されず、締め切り時間寸前の滑り込みセーフで提出を終えました。中身が充実している事をタダタダ祈念しています。

さて、日本人組ですが、博士(後期)課程を目指す1人は、19日に提出を終え、涼しい顔で昨日は提出完了を機に「一杯飲もう」とヨタヨタヨロヨロ出向き姿を見せました。
いやはや、ご立派な事で。これが本来の姿ではないでしょうかねぇ~?
ヨタヨタヨロヨロ「一杯飲む」のは別にしてですね?!
もちろん、「一杯飲む」テーマは、事前に頂戴したお話ではありませんので、お付き合いは丁重かつ乱暴に、ご遠慮申し上げました。

もう1人、博士(後期)課程を目標に置く人材(既に別の大学院の修士修了=MBA)も、31日締め切り日午後の早い時点で提出を終えました。

あと1人、博士(後期)課程を目指す人材がいますが、とうとう、姿を見せませんでした。
一生懸命取り組む姿勢には心を打たれますが、基本的な論理形成と思考形態に若干の違和感が残る点が気になっていましたが、果たして、年始に担当主査へ提出した予備は、レポートの域と同じだったのか、あるいは、これまでのゼミというか研究会で得た知見を自らの見識として整理し論証できなかったのか、ただただダラダラと的も絞らず、枚数を増やすためだけで書き連ねたのか、ほとんど評価されず全面書き直し状態へ至ったという話(十分な研究時間を保持したにも関わらず、主査からのダメ出しを受け、20日ほどで書き上げるのは無理ではないか)が漏れ聞こえてきました。
心配した友人が午後4時頃に電話を入れた時点では、出力中との返事だったようです。
その場所が、職場なのか自宅なのか分かりかねますが、職場でも大学院まで1時間はかかるワケで、自宅なら2時間程度の時間が必要ですから、午後5時の締め切りにはとうてい間に合わないワケで、実際、午後5時の締め切りには到着しませんでした。
心配しています。

研究計画と時間配分に対する計画性のない人は、大学院(まぁ、いろいろありますけど)で真実に向かい取り組むには、少し難があるように思い致します。

その他の日本人院生ですが、1人は、早い時点でタオルを投げ、3月修了ではなく半年延長し2009年9月修了を宣言しました。

別の1人は、この間、全く姿も見せず、どこかに引きこもってしまったのか分かりません。
この人も「大学院」へ箔付けに来た種類の人だったように見ています。
学部の学生と同じように「楽しく過ごす」事に重点があり、それに向けて人生を楽しむ設計だったようです。
他分野で同じ種類の院生との友情を育んでおられたようですが、その院生も同じ種類の「大学院を嗜好する」ようでした。
類は友を呼ぶの典型に見えました。滞留在庫にならない事を祈っています。

論文提出を目前に、家族を喪われた人もあり、若干の心配をしています。
まぁ、担当主査との意思疎通は十分だろうと考えますから気にしておりません。

もう1人、大学院(での研究)そのものを、ナメタ人がいました。
どう考えても国籍を変更したと窺える人ですが、どのように修論へ対処されたのか全く分かりません。
明らかに手抜きが最得意技(手抜き最優秀賞)のように見受ける人物で、常に疑いの眼を注ぐ対象でしたが、姿を見せなかったのは、早い時点で提出を終えたのでしょうか。
イヤイヤ、そんなワケはないハズです。

以前からの滞留者の1人は、既に抱える業務との合間で、どのように自らを鼓舞し乗り越えたのか分かりませんが、姿を見かける事はありませんでした。
無事に提出を終えている事を願っています。

もう1人、昨年度修了予定者の滞留在庫があるようですが、この人は記憶がないので全く分かりません。

日本の若年労働力について、高い精度で政策提言する内容を掲げ、正面から研究に挑んだ人(別の大学院修士課程修了者)も29日に提出を終えたワケです。

1月31日は、こんな状況でした。
およそ、750日前に、出願書類を整えた時点で、今日の事態は想定されるワケですから、なぜ、それに対する準備を整えないのか、整えようとしなかったのか分かりません。理解できません。

「大学院」へ行くのが流行だから、大学の学部は「学習」の場ですが、大学院は「修士課程・博士(前期)課程」も『研究』の場ですから、明確な研究対象と研究目標がないなら、「大学院」での研究・研鑽は望まれない方が良いように思い致します。

不思議な光景を見た思いでした。

2009/01/11

パレスチナの民 イスラエルの民

年始から、どうかと思うテーマで恐縮ですが。

パレスチナ/ガザを巡る情勢に対し、国際社会は「イスラエル非難」を始めました。
果たして、イスラエルは「国際社会」の非難に耳を傾けるでしょうか?

国際社会の非難や主張に耳を傾けるくらいなら、イスラエルは、最初からもう少し真っ当な方法を採用したと考えます。当初の強引な「イスラエル建国」から今日まで首尾一貫し、自らの正当性(欺瞞に満ち溢れた)を声高く主張して止みません。

第二次世界対戦終了と間髪を入れず軍事力を背景に「イスラエル建国」を強行した、米国と英国はもちろんイスラエルを支持します。隣国レバノンを領有していたフランスも、パレスチナに理解ある言動を繰り出しますが、それはレバノンに対するフランスの影響力を保持したいからに過ぎません。

アラブの大義を掲げる周辺国も、建前を貫きますが、現実の課題は内政問題であり、「安定が豊かさ」の源泉である事を既に理解していますから、パレスチナ解放勢力の一つであるイスラム原理主義を掲げる「ハマス」に同情的な立場を示しても、それ以上踏み込む事にはついては慎重です。

冒険主義で天衣無縫の言動を繰り広げた、イラクのサダム・フセインは米国の手で抹殺され消えて亡くなりました。
サダム・フセインのイラクが呆気なく崩壊した後、同様に冒険主義を振りかざしたシリアも、「アラブの大義、イスラムの正義」を主張しても、実際には自国の防衛に注力しています。シリアはその昔ゴラン高原でイスラエルに手痛い敗北を喫して以降は、イスラム社会では伝統的な「建前と本音」を繰り広げ存在感を示しますが、具体的に軍事行動に出る事はありません。
もう一方、米国との直接戦争は避けたいけれど、イスラエルの存在は我慢ならないと考えるイランは、イスラエルを壊滅させるため、虎視眈々と狙いを定めているというのが巷間で交わされる噂話です。

しかしながら、そのイランも、イスラエルと直接的に対峙する事は国際力学や国際均衡を考え、短慮には動きません。その意味で、実際に「中東は戦争中」なのですが、ダラ~ダラ~としたいわば締まりのない緊張状態を続けています。
イランは、この状態の中で、対イスラエル戦争を怠りなく研究しているようで、突如としたゲリラ戦に打って出るようです。イランが直接乗り出さず、レバノン南部を支配する「ヒズボラ」を支援する。パレスチナのガザを支配者「ハマス」を支援する方法で、イスラエル攻撃を組織していると、米国はワシントンDCやらバージニアに位置するペンタゴンでは、もっぱら評判(真実みのある話とされている)のようです。

従って、昨年末から現在に至るパレスチナ・ガザへのイスラエルの侵攻は、イランと米国・英国の戦争であるとの認識が前提です。実際に戦争行為に出たのは、イスラエルであり防戦させられるのはパレスチナのハマスです。
米国の狙いは、ハマスの壊滅であり、イラン(に影響された一派)の排除です。
米国では、この戦争は、ブッシュ大統領からの最期の「置き土産戦争」と理解されているようです。
思えば、パパ・ブッシュもそうでしたが、ブッシュ親子は類い希な「戦争大好き大統領」だったように思います。
あえて言えば「世界で、戦争をするために、合衆国大統領に就任した」ような人にも見えます。

米国の軍産複合体は、いま「世界で戦争を仕掛ける事に多忙」なようです。
その小手調べが、パレスチナ・ガザで繰り広げられていると考えた方が、生じている事態をよく理解できます。
なぜですか?
オバマが掲げる「グリーン・ディール」による、米国経済の立て直しなど、米国市民の多くは「信じていない」ようですよ。「グリーン・ディール」という経済政策は、建前に過ぎず、それを超える準備が整えられつつあるというのが、国際社会で戦争をウォッチし続けるプロフェッショナルの見解だそうです。

イスラエルと米国の違いは、イスラエル軍は地上戦でも航空戦でも、意外に粘り強いという事実です。
米国は、航空戦では無類の強さを発揮しますが、地上戦では苦戦を続けています。

話は変わりますが、「ソマリア」へ国連軍の一翼を担う目的で、クリントンの時代に米国は陸軍を出しました。しかし、ソマリアで捕らえられた兵士が処刑され、その後も、市中を引き回されました。その映像が米国へ届くや否や、クリントンは激しい非難を浴び、ソマリアから撤収してしまいました。その後のソマリアは軍事力を誇示する勢力の天下となり、統一政権などありませんし、何で稼ぐかと言えば、地上では「追い剥ぎ」、海上では「海賊」行為です。

イランは、冷静にこの事実を見守り分析しているそうです。
北朝鮮も同じように米国の地上戦を捉えているそうですよ。

日本は、パレスチナ情勢を巡り、難しい事態へ追い込まれようとしています。
資源の面では「アラブの大義」を建前で支持し、金融と市場の面からは「イスラエルの安全」という本音を消極的に表明するしか途はないのですから。

イスラエルの民は、なぜ、2000年以上にわたり、世界を彷徨する事になったのか、この点を真摯に考える事、それ以外にパレスチナに懸かる問題について解決の途はないと考えている。
「非寛容、和せず、同ぜず」は建前にしておけばどうか?
というような寝言を繰り出すのは、「八百万の神」を受け入れてしまう日本人の精神性からだろうか。

2008/12/14

京都国立近代美術館・学芸課長の傲慢に驚愕させられた一日(12/12)

2009年4月11日(土)から5月24日(日)、財団法人 京都服飾文化研究財団(以降:KCI)が協力し「ラグジュアリー:ファッションの欲望」展を開催する。
*2009年10月31日(土)から2010年1月17日(日)に、東京都現代美術館で開催される。

そのプレセミナーへの招待を受け12日に岡崎の「京都会館」へ出向いてみた。

何よりも、樺山紘一先生が基調講演をされるとの案内があり、樺山先生がロマネスク時代の絵画や装飾について、どのようにお話しされるかに興味を惹かれた事が出向いた大きな理由かも知れない。
樺山先生は、さすがに短時間ではあっても、実に格調高くお話しを巧く纏められた。いくつかの視点や視座を引き出される巧さに感心させられた。


次に、京都国立近代美術館の河本信治学芸課長が登壇し、格調高い樺山先生の講演を全てぶち壊す自意識過剰で実に空虚なドグマを垂れ流し、センスの一欠片もない長広舌を繰り広げ、聴講者の多くの失笑を誘う事になった。

いわく、これまでのKCIが主導した展示は、そこいらの産業展示(受注会展示)と何らの変わりもない「学術性などゼロで、評価に値しない」と扱き下ろす事から始めたのであった。
そのため関係者の怒りを買う事を想定したのか「この発言で傷つく方があれば、先にお詫びをしておきます」と予防線を張る事を忘れなかった。この点が、実に巧妙なところだ。

さて、河本信治の主張するところでは、そもそも近代美術館は「ニューヨーク近代美術館(以降:NY MoMA)」にその原点があり、そこに提示されたメソッドに留意しその思考と論理(展示表現)の方法を堅持すべきであるとの枠組みのようである。

ケーソンで仕切られた展示空間を企画シナリオに沿い結ぶ事で、学術展示の論理性が保たれるのであり、KCIが京都近代美術館を利用して展開した多くの展示は、その思考力はもちろん論理的な詰めも何もない産業展示でお世辞にも評価できるような代物ではない。

例えば、「現代衣服の源流」展、「華麗なる革命」展、「モードのジャポニスム」展などは10万人、11万人、8万人集めてはいるが「全く意味のない数値に過ぎない」と一刀両断に出たのである。

そこで、河本信治が参与した過去2回の展示、「身体の夢」展、「COLORSファッションと色彩」展は、NY MoMAの思考論理に沿う高い学術性に裏付けられた高貴な展示を行ったと自画自賛を押し付けるのである。

しかし、その観客数値はいずれも4万人に過ぎず、この点を指摘される事を恐れ、何よりも「コア」な人達が観覧したと結論づけたから、聞く方としては驚愕させられたのである。

何を以て、「コア」な人達と断定できるのか。
その前提も枠組みも何もなく、自らの思い込み(ドグマ)を防衛するために勝手な小理屈をつけて主張しているに過ぎない。
11万人、10万人、8万人から4万人へ観覧者数が激減すれば、企画展示は「完全な失敗」である。
それへの反省を述べず、パートナーのKCIを攻撃する挙に出るのだから恐れ入ってしまう。

あまつさえ、例えKCIの企画展でろうとも、その思考論理が、河本信治自身が主張する論理に従えないなら「京都国立近代美術館」で「服飾展」、「ファッション展」などを受け入れる必要はない、と明確に主張しているのである。

何よりも、批判を加えなければならない点は、河本信治が展開する論理には何らの創造性も発展性もないという事実である。
河本信治はNY MoMAが提議した「近代美術館概念(思考論理)」にさえ依拠すれば、全てが合格であり、それを踏み外す思考論理は排外の対象に過ぎないため、評価に値しないと断定する点である。

有り体に言えば、KCIが主導したこれまでの企画展は、150年前に開催されたロンドン万国博覧会の焼き写し展示に過ぎないとの主張である。

この観点から、自らが参与したと自慢する「2つの企画展示」は、NY MoMAの論理に沿っており高い評価を得ている(どこの誰からか?)と押し付け的に自慢するのも忘れない。

ハッキリ言って、NY MoMAが、従来の博物館概念や美術館概念から脱却し、近代美術館概念を打ち出した事は誰もが認めるところである。

しかしながら、それにぶら下がるだけでは、思考的にも論理的にも発展がない。

河本信治という人物の思考的狭量さあるいは論理的狭量さを垣間見せた瞬間である。

文部科学省は、京都国立近代美術館の学芸課長の能力を精査した方が良いのではないか?なぜなら、「京都国立近代美術館」は、誰のために存在するのか、誰のための施設なのか?を問い直さざるを得ないまでに傲慢で腐臭に満ちた論理を、学芸課長が公的な場で論究に及んだのであるから、その立場について議論が提起されて然るべきと思量する。


大学では、この種のワケの分からない自分勝手な主張を繰り広げる人達があり、日頃から多少は馴れているけれど、大学の中では「学生からの鋭い批判や教員あるいは学生による授業評価もあり、簡単に言い逃れできる環境にはないが、博物館や美術館は、誰からも批判される事がないため見事な『象牙の塔』を構築している」ようである。

開いた口が塞がらないとは、この種の人物が繰り出す一見論理的なように聞こえる非論理的ドグマに触れた時に漏らすべき感想を指すのかも知れない。

なおかつ、河本信治は「4月からの『ラグジュアリー:ファッションの欲望』展で最大に観客獲得しても6万人ではないか」と予防線を張る事も忘れない、手の込んだ防御をするのだから始末に負えない。
この種の妄言が「博物館や美術館の学芸者の世界」では許されるのか?驚かされた事である。

何よりも、観客になる側の「服飾文化」に携わる人々、「ファッション文化」に関わる市民への冒涜ではないか?
学芸員であるとないに関わらず、日本国憲法は、自由な発想や思考、思想信条の自由、表現の自由、言論の自由を保障している。

しかしながら、河本信治の言は断じて許される発言ではない!「傷つく方がおられたらお許し願いたいで片付けられる」ものではない。

文部科学省の聖域ともいうべき「国立博物館、国立美術館」の学芸を握る人物が、自らの欲求を自己満足させるために、国家の機構の一部を専横しその肩書きの上に記されたポジションから勝手な小理屈を投げ続ける。それが許容されている事に驚愕させられた。


プレセミナーは、最後にKCIのキュレーターであり理事でもある深井晃子さんから、ご自身とスタッフの皆さんが温められた「ラグジュアリー:ファッションの欲望」展について、現在時点におけるシナリオの説明を受け、ひとまず休心する事ができた。セクション毎の展示企画のテーマとキーワードのみをご紹介申し上げておきます。

セクション1「着飾るということは自分の力を示すこと」-Ostentation
       17C、18C、19C~20C後半までの作品で構成

セクション2「削ぎ落とすことは飾ること」-Less is more
       20C前半、20C半ば、20C後半の作品で構成

セクション3「冒険する精神」-Cloths are free-spirited
   1980年代のコム・デ・ギャルソン(川久保玲)の作品で構成

セクション4「ひとつだけの服」-Uniquenese
   メゾン・マルタン・マルジェラの作品8点で構成

のようである。
ご期待頂ける内容と考える次第だ。
再び、多くの皆様にご覧頂ければKCIの皆様を始め取り組まれる多くの皆様にはよいプレゼントになるのではないだろうか。
小異を捨て、そのように期待している。

2008/11/24

地域産業政策と自治体 -大学院発「現場」からの提言-

特別シンポジウム

1990年代のバブル経済崩壊・不況期を通して、日本の経済システムは大きく変化している。その一つが地域経済システムの変化であり、地域経済の格差の広がりである。
 これからは、それぞれの地域経済が、それぞれに地域の可能性を生かした発展戦略を持ち、積極的な対応を図っていかない限り、将来の地域経済の発展はありえない。従来の延長線上ではなく、新しい地域経済の流れを自ら創造することが不可欠となっている。新たな地域経済の創造をどのように進めていくのか。そのためには地域に今何が問われているのか。また、地域経済の創造にとって地方自治体の役割は重要であるが、地方自治体は、何をすべきなのか、何をすべきではないのか、民間に何を委ねるのか、こうしたことをいっしょに考えていきます。

【日時】 2008年12月8日(月)
      午後6時30分から午後9時まで
【会場】 大阪市立大学文化交流センターホール
      (大阪駅前第2ビル6階)
【参加】 参加登録不要 参加料無料 参加自由


【プログラム】
「地域経済の現状と地域産業政策の課題」
○慶應義塾大学 植田浩史 氏
「少子高齢化社会における地域産業政策-高齢者の力を生かした地域の活性化-」
○大阪府庁 清水克昭 氏
「地域における戦略的な地域産業政策の展開-地域経営の視点からの考察-」
○大阪市役所 金崎孝之 氏
「産業的自治と地域産業政策の新しい可能性-大阪府大東市の挑戦から見えてくるもの-」
○元大東市役所 三浦純一 氏
「小規模零細企業と地域産業振興-ものづくり基盤の実態と課題、東大阪市を事例に-」
○布施民主商工会 菰島克彦 氏
「観光産業の集積化と集団学習環境-観光産業クラスターの批判的検討と佐原の実証研究を通して-」
○社団法人日本経営協会 杉山武志 氏
「地域産業政策と首長のリーダーシップ-東大阪市長の経験から-」
○元東大阪市長 長尾淳三 氏

【司会】 立見淳哉 大阪市立大学大学院准教授

【講師略歴】
○植田浩史;
慶應義塾大学 経済学部教授
1960年生まれ。東京大学大学院経済学研究科を経て、1989年大阪市立大学経済学研究所助手に就任。その後、講師、助教授を経て、大阪市立大学大学院創造都市研究科に移動。
2006年より現職。博士(経済学)。

○清水克彦;
大阪府企画室 政策マーケティングリサーチ・チーム主査
1971年大阪府生まれ。1993年京都大学法学部卒、同年大阪府庁入庁。2007年大阪市立大学大学院創造都市研究科都市政策専攻修了。
2008年3月より現職。

○三浦純一;
都市文化創造機構・研究員、元大東市産業労働課長
1948年生まれ。立命館大学産業社会学部卒業後、大東市役所勤務。労働組合を通じてまちづくりに関わる。元産業労働課商工Gリーダー。創造都市研究科修了(2期生)。

○杉山武志;
社団法人日本経営協会 職員
1978年京都府生まれ。立命館大学産業社会学部卒業。大阪市立大学大学院創造都市研究科博士課程在学中。修士(都市政策)。商工会議所経営指導員を経て、現職。大阪観光大学観光学研究所客員研究員。

○金崎孝之;
大阪市交通局総務部担当係長
1996年関西学院大学商学部卒業後、大阪市役所に入庁。2004年大阪市立大学大学院創造都市研究科に入学し、地域産業政策の都市経済学を学ぶ。2006年、同研究科修了。

○菰島克彦;
1984年民主商工会事務局へ入局。中小企業、特に小零細企業の経営支援に携わってきました。産業構造の変化に対応する小零細企業の経営システムとして、1996年共同受注グループHTを発足。大阪市立大学大学院創造都市研究科修了。

○長尾淳三;
民主市政研究会代表、元東大阪市長
1952年東大阪市生まれ。75年静岡大学卒業。79年より18年間東大阪市議。98年より4年間、06年より1年間東大阪市長。05年大阪市立大学大学院創造都市研究科修了。

○立見淳哉[司会];
大阪市立大学大学院 創造都市研究科 准教授
1977年生まれ。名古屋大学大学院環境研究科後期博士課程修了。博士(地理学)。名古屋大学大学院環境学研究科研究員、大阪市立大学大学院創造都市研究科講師を経て現職。